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二代目は・・・?
久しぶりに投稿します。(^^;
昨日、友人の某氏から名鉄車両の形式の変遷で問い合わせがありました。
自分の覚えとして一度はまとめなくてはと予てから思っていまして
1番から8500番代まで、形式ではなく数字に拘ったまとめをエクセルで
細々と続けています(苦笑)。
作業は遅々として進みませんが、何れは完成させたいものです。

そんな訳で、今回現行車両のうち一般車の一部についてメモしてみます。
車両系列の登場順に、次のように表記しました。
 系列→初代の場合 3100系Ⅰ/形式→二代目の場合 モ3200形②

間違い等がございましたらご指摘の程を・・・(^^;

#二代目7000系を生きているうちに目にしたいもので。(笑)


3500系Ⅱ〔3500系Ⅰ=AL〕
├ ク3500形① →〔3500系Ⅰの3500形は電動車・モ3500形〕
├ モ3550形② →〔①は旧3550系(AL)の電動車〕
├ モ3650形② →〔①は旧3650系(AL)の電動車〕
└ ク3600形① →〔旧3600系Ⅱ(AL)の3600形は電動車・モ3600形〕


3700系Ⅲ〔3700系Ⅰ=ロクサン、3700系Ⅱ=HL〕
├ ク3700形② →〔3700系Ⅰ・Ⅱの3700形は電動車・モ3700形。 ※1,※2〕
├ モ3750形② →〔①はモ910形・モ3300形Ⅰの焼失復旧車でHL車。3751~3753 ※3,※4〕
├ モ3850形② →〔①は旧3850系(AL)の電動車〕
└ ク3800形① →〔旧3800系(AL)の3800形は電動車・モ3800形〕

 ※1=「3704」は、3700系Ⅱで再附番が行われた為、当代は4度目の使用となります。
 ※2=3700系Ⅱのモ3716は、晩年Tc化されク3716となっています。
 ※3=3751の前身はモ910形914。3752・3753の前身はモ3300形Ⅰの3301・3304。
 ※4=旧モ3730形(HL)に「モ3751,3752,3753」が存在した為、車番のみでみると
     当代「3751,3752,3753」は3度目の使用となります。


3100系Ⅰ
├ ク3100形① →〔旧3100形「モ3101」と付された車両あり。←元院電デハ6340形〕
└ モ3200形② →〔①は元愛知電気鉄道デハ3080形(電7形)・サハ2020形(附3形)〕


3300系Ⅲ〔3300系Ⅰ=元愛電デハ3300形、3300系Ⅱ=旧3850系・3900系のリサイクルALw〕
├ ク3300形① →〔3300系Ⅰ・Ⅱの3300形は電動車・モ3300形 ※5〕
├ モ3350形④ →〔①は後のモ3600形②(AL)、②はモ3600形①等※6、③は3300系Ⅱの中間車〕
├ サ3450形① →〔旧3400系(AL)の3450形は中間電動車・モ3450形〕
└ モ3400形② →〔①は旧3400系(AL)の電動車。いもむし〕

 ※5=「3301,3304」は、3300系Ⅰで再附番が行われた為、当代は4度目の使用となります。
 ※6=モ3350形①とモ3600形①は形式交換をしてそれぞれの②となっています。
     モ3600形①の前身は、元愛知電気鉄道のデハ3600形、サハ2040形。名鉄合併後に
     モ3600形①、ク2040形(一部モ3610形①を経る)となりモ3350形①と形式交換。  


3150系Ⅰ
├ ク3150形① →〔過去に3150代を名乗った車両は見当たらず〕
└ モ3250形③ →〔①は元愛電デハ3090形、②はモ3750形①がのちに改称〕
by 吐夢| # by tom_3400 | 2009-12-24 14:11 | 雑記
一枚の絵葉書
こんにちは。
以前、テキサス大学図書館収蔵のペリー・カスタネダ・ライブラリー地図コレクションから
愛知・岐阜関連の地図をご紹介いたしました。
その中の地元岐阜の地図を見るたびに旧美濃町線の歴史に関係するどうでもいいような
些細な疑問が頭をもたげていたのですが、先日その一枚の絵葉書で氷解しました。(^^;

美濃町線の岐阜側の起点は、開業から1950(昭和25)年4月1日までは岐阜柳ヶ瀬駅だったそうで、
ペリー・カスタネダ・ライブラリーの地図↓やその他資料を見ると
 ※Japan City Plans - Perry-Castaneda Map Collection-Gifu
  http://www.lib.utexas.edu/maps/ams/japan_city_plans/txu-oclc-6612929.jpg
   (画像サイズはかなり大きいです^^;

Tの字に接続していたのは分かるのですが、実際の配線はどうだったのか・・・
気になりだすとこんな些細なことでも知りたくなる訳です。(^^)
で、疑問をほぼ氷解してくれた絵葉書とは「東北芸術工科大学東北文化研究センター」の
アーカイブスに収められているこの一枚。

 ※東北芸術工科大学東北文化研究センター アーカイブス
   http://www.tobunken-archives.jp/DigitalArchives/
   「(岐阜名勝) 偉容並び立つ柳ヶ瀬交差点の盛観」
   #写真下の「拡大」をクリックすると大きな画像が別窓で開きます。

写真は当時の柳ケ瀬交差点で、下部の道路上に左右方向の軌道が見えますが、これは岐阜市内線で
左側は新岐阜駅前方向、右側は長良北町方向となります。
そして左下のキャプション部分に左折していく単線の軌道が見えますが、これが当時の美濃町線ですね。
軌道はちゃんと市内線とつながっていました!・・・(^^;

地図だけを見ると美濃町線は、行き止まり式で岐阜市内線とT字に接続?などと思ってしまった訳ですが
よく考えれば当時は単車全盛ですから、写真のような急カーブで接続する配線も可能だったんですね。(苦笑)
その上で想像すると、左折後に市内線の上り線(岐阜駅方向)に合流、その先に下り線との渡り線がある?w

なお、画像正面に写っているビルは百貨店の丸物岐阜店で、後に岐阜近鉄百貨店となりましたが、
1999(平成11)年9月に閉店。現在は岐阜中日ビルとなっています。

最後に東北芸術工科大学東北文化研究センターアーカイブスに収められている別の絵葉書、及び当時の
美濃電気軌道の車両が分かるサイトをご紹介をしてこの項を終わります。

 ※東北芸術工科大学東北文化研究センター アーカイブス
   「(岐阜名勝)殷賑なる神田町通りと丸物百貨店」

 ※北総レール倶楽部-美濃電気軌道
   http://hokuso.com/minoden/hmnd01.html
    #hmnd22.htmlの次は「23」と、手入力しましょう。(^^)
by 吐夢| # by tom_3400 | 2008-09-09 07:50 | ~温故知新~ Web Page 紹介


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