明治村の保存台車その2
こんにちは。
以前「明治村の保存台車」のタイトルで駄文をUpしました。
その後、所蔵してる鉄道ピクトリアル 1979(昭和54)年12月増刊号 名古屋鉄道特集
白井良和氏ご執筆の『明治村の生い立ちと現状』という記事※が掲載されており
その中に「明治村の保存台車」に関する記述がありました。(※=以下参考文献と称します)

再読したところ、先の拙文に若干の誤りがあることが判明しましたので、今回は参考文献を基に
補足訂正をしたいと思いますので宜しかったらお付き合いください。
先の拙文で、
かつて旧名鉄岐阜工場に「大分交通ホハ1」と「留萌鉄道から来た車両」が留置されていた
と書きました。この点が私の勘違いで訂正が必要な箇所です。

参考文献に依ると、「留萌鉄道から来た」と思い込んでいた客車の出自は誤りで
同車も「ホハ1」と同じく大分交通から搬入された「ハフ26」との事でした。
次に、留萌鉄道から来た車両は「ホハニ201」と「ホハフ2854」が搬入され、
これらは常滑線大江駅にある矢作建設構内に保管されていたとの事です。

客車4両の経歴を参考文献を基ににまとめますと以下のとおりです。

   九州鉄道チブ1形、明治20年代・九州鉄道小倉工場製
    ↓
   鉄道省ハフ4763
    ↓
   耶馬渓鉄道(大分交通耶馬渓線の前身)、昭和4年8月の改軌時に譲受
    ↓
   大分交通ハフ26


   九州鉄道ハ1形、明治32年5月・日車製
    ↓
   鉄道省ホハ2355
    ↓
   大分交通ホハ1、昭和7年8月譲受


   日本鉄道いろ61号、明治35年・大宮工場製
    ↓
   国鉄ホハ2213
    ↓
   留萌鉄道ホハニ201、昭和27年譲受


   留萌鉄道ホハフ2854(参考文献には記述なし)

参考文献の記述によれば、遠く大分と北海道から搬送されて来た四両の古典客車は、
明治村での保存展示を期すも、車体の老朽化が著しく1979(昭和54)年の夏に解体されたとの由。
そして台車・車輪のみが保存され現在に至っています。
100年も経つ貴重な産業遺産ですから、これからも末長く大切に保存して頂くことを希望します。

#ある日の旧名鉄岐阜工場です(^^)
画面左の全体にシートを被された車両がホハ1、右側がハフ26でしょうか・・・(^^;
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最後に、先にご紹介したWebサイトのうち、大分交通ホハ1の写真が公開されていた
「フジシローの鉄道写真館」さんは現在休止中です。
その代りにhideki_kobayakawa様のブログ「連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々」を
ご紹介させていただきます。ホハ1のカラー写真が掲載されています。
 『大分交通耶馬溪線、中津車庫の木造客車』
  http://blogs.yahoo.co.jp/hideki_kobayakawa/archive/2008/05/09
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by 吐夢| by tom_3400 | 2008-05-18 14:32 | ~温故知新~ Web Page 紹介


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